
ここ数年、産業の境界が急速に消滅し、さまざまなビジネスモデルが衝突しています。業種の境界を越え、世界のあらゆる分野と連携しながら新たなビジネス機会を創出する時代に、企業は「何を選び、どのように変わるのか」という問いに直面しています。「Innovation Story」の第1回では、かつて世界のカメラ市場を二分したコダックと富士フイルムという2社の物語を通じて、私たちが進むべき方向と課題を考えます。
文:チョ・ヨンホ(株式会社The Innovation Lab代表)
フィルムカメラからデジタルカメラへ、市場は変わった
2社について語る前に、カメラ市場を理解する必要があります。ソニーが初の商用デジタルカメラであるマビカ(Mavica)を発売した1981年、アマチュア向け写真市場は約142億ドルでした。当時、フィルム製造には高度な技術が必要だったため、コダック、富士、アグファなど、ごく少数の企業しか競争力のあるフィルムを生産できませんでした。つまり、高い参入障壁によって競争相手が少なく、業界リーダーが経済的な堀を享受できる市場だったのです。
ところが、デジタルカメラ中心の市場では、この堀はもはや通用しなくなります。多くの競争相手がイメージセンサーや半導体などを外部調達してカメラ製造市場へ参入し、価格競争も激化しました。さらに、人々は撮影した写真を現像せず、コンピューターに保存したり、プリンターで印刷したり、SNSで共有したりするようになりました。長年蓄積してきたフィルム・現像関連の化学技術と販売店ネットワークが役に立たなくなったのです。

コダックはデジタルカメラへの移行を傍観していたのか?
結論から言えば、コダックはデジタルカメラ市場の到来を予測し、変化に備えていました。米国でフィルム90%、カメラ85%の市場シェアを持っていた1976年、コダックは世界初のデジタルカメラを発表しました。その後、デジタルカメラ関連の研究開発に多い年で年間2兆ウォン以上を支出し、年間研究開発予算の60%以上をデジタル変革に投資したこともあります。2003年からはフィルム事業ではなくデジタル画像処理部門に注力し、2005年には一時、米国デジタルカメラ市場でシェア首位を獲得する成果も上げました。
問題は、コダックの選択的な変革が「カメラ産業」の中だけで行われたことです。デジタル化は業界の差別化要因をなくし、低価格・低収益の商品構造と市場での消耗戦を生みました。実際、コダックはデジタルカメラを1台販売するたびに60ドルの損失が出たといいます。さらに2001年、ノキアが世界初のカメラ付き携帯電話を発売すると、わずか2年でカメラ付き携帯電話の販売台数がデジタルカメラを上回りました。
コダックは、自社が注力したデジタル写真プリント事業が引き続き有望な市場として残ると期待しただけで、2002年のFacebook登場により、プリントよりオンライン保存と共有が主流になることを予見できませんでした。また、デジタル企業を目指しながら、デジタルカメラ関連の相当部分をOEMで外部委託したため、コア技術を社内に蓄積する機会まで逃してしまいました。
同じ状況で、異なる対応を取った富士フイルム
2000年頃、コダックとともにフィルム産業を二分していた富士フイルムは、コダックと比較的似た出発点でデジタルカメラ時代を迎えました。しかし、2003年にCEOへ就任し、現在は会長も兼務する古森重隆は、デジタル企業への転身を宣言したコダックとは異なり、組織のコア・コンピタンスと結びつき、相乗効果を生み出せる分野へ経営資源を配分するという原則を堅持し、迅速に変革を進めました。
CEO就任前から、会社が保有するすべての技術を総点検し、それらを活用できる既存市場と新規市場を探す取り組みを進めたのです。その後、富士フイルムはフィルム製造に使われる化学技術が抗酸化やコラーゲンと関係する点に着目してアンチエイジング化粧品を開発し、化学合成物に関する幅広いデータとノウハウを医薬品研究に活用しました。これらは現在の技術と将来市場をつなぐ橋として大きな役割を果たします。
ここでもう一つ注目すべき点は、すべてを組織内で進めるのではなく、M&A(企業買収・合併)とJVC(ジョイントベンチャー)を大胆に活用したことです。伝統的なフィルム事業の構造改革を迅速に終えた富士フイルムは、10年間で7兆ウォンを投じ、約40社を買収しました。医薬品分野では2008年に富山化学とメルク社のバイオ医薬品事業部門を、化粧品では2007年にアスタリフトを、光学レンズ分野では内視鏡市場シェア70%だったオリンパスの株式を取得しました。また、液晶パネル用フィルムを主に生産する富士タックを設立し、現在では世界市場シェア70%を占めています。
コダックと富士フイルムの共通点
- デジタルカメラ市場へのトレンド変化を予見
- 変化に合わせて危機意識を共有し、経営資源を再配置
- 危機克服のため研究開発へ投資(売上高の3~4%以上)
コダックと富士フイルムの相違点
コダック
- デジタル企業への転換
- カメラ産業内だけで活路を模索(専門特化)
- トレンドの長期的な展開方向の予測に失敗(デジタル変革=既存構造のデジタル化)
- デジタル画像処理に集中する一方、カメラ製造をOEMへ委ねるなどの戦略的ミス
富士フイルム
- 「本業に忠実である」という原則を順守
- カメラ産業を越えて活路を模索(関連多角化)
- トレンドの長期的な展開方向の予測に成功(デジタル化の長期的影響=日用品化+低利益率化)
- コア・コンピタンス(技術)の活用
- 積極的なM&Aとシナジーの追求
- 組織変革の過程では、大きくても短期間の痛みを選好
コダックと富士フイルムの未来を変えた決定的な違い
従来型のカメラ・フィルム市場が2001年にピークを迎え、その後10年間で90%が消失するなか、富士フイルムにとって最重要課題は、21世紀にも繁栄し、存続する企業であり続けることでした。そこで富士フイルムが選んだ道は、コア・コンピタンスと結びつく新たな道、すなわち「多角化」でした。富士フイルムはコダックと異なり、カメラ産業にとどまることに固執せず、それが結果として極めて大きな差を生む決定的な要因となりました。
結局、コダックの売上高が2000年の16.8兆ウォンから2010年には8.6兆ウォンへ約48%減少し、2012年に破産を申請する一方、富士フイルムの売上高は同期間に14兆ウォンから22兆ウォン程度へ57%増加しました。さらに、コア・コンピタンスと結びつく多様な産業で経験と実績を積み、以前より強固な企業体質も備えました。金融危機後は内需中心の事業構成から脱し、海外事業が売上高全体の60%を上回っています。
2社の事例を踏まえ、私たちは選択的な変革について考える必要があります。業界にデジタル化の波が押し寄せたとき、その意味を探究し、完全ではなくてもおおよその未来像を予見する能力がいかに重要かということです。コダックは既存産業を手放さず、その中で自社の能力と無関係な領域にまで手を広げました。一方、富士フイルムは能力とのシナジーを手放さず、産業の範囲を限定せずに自由に構想し、具体的かつ大胆に実行しました。
今日、金融業界に押し寄せるデジタルトランスフォーメーションの波は尋常ではありません。変化とイノベーションの岐路で、何を変え、何を変えないのか。私たちの選択に委ねられた一つの問いで締めくくります。
文:チョ・ヨンホ 株式会社The Innovation Lab代表
The Innovation Labを経営し、経営コンサルタント兼イノベーションコーチとして10年以上にわたり、企業イノベーションのワークショップとコーチングを行ってきました。2013年の著書でビッグブラー(Big Blur)の概念を初めて提唱し、多様なプログラムを通じて、ビジネスモデル・イノベーション、プラットフォーム事業への転換、新成長事業の開発などを支援しています。著書に『プラットフォーム戦争』『あなたが知っていたすべての境界が消える』『ビジネスモデル・ゼン』などがあります。
