
先ごろAppleが過去最高の業績を発表しました。2021年の売上高は438兆ウォン、純利益は112兆ウォンで、
前年比でそれぞれ33%、65%増となりました。興味深いのは、製品カテゴリー別の売上構成比です。
かつてAppleの代表製品だったiMacは、今や売上高の10%にも届きません。一方、iPhoneとサービス部門を合わせた比率は73%と圧倒的です。
文|チョ・ヨンホ(The Innovation Lab代表)
Step 1
パーソナルコンピューター時代を切り開いたイノベーションの象徴
イノベーションの象徴と呼ばれるAppleは、1970年代にパーソナルコンピューター「Apple I・II」を世に送り出し、注目を集めました。しかし、その成功は長く続きませんでした。IBMが1981年にコンピューター市場へ参入したのです。世界初のパーソナルコンピューターを開発した喜びもつかの間、強力な競合の登場とApple IIIの失敗が重なり、スティーブ・ジョブズは解任されました。さらに1995年、MicrosoftがIBM PC向けOS「Windows 95」を発売したことで、深刻な危機を迎えます。最終的にAppleは、コンピューター産業での競争力を高めるために新たなOSを導入することを決め、スティーブ・ジョブズが率いていたNeXTを買収しました。

Appleに復帰したスティーブ・ジョブズは、会社の戦略と無関係な多数のプロジェクトや膨れ上がった製品ラインアップを整理するなど、大規模な構造改革に着手しました。コンピューター製品群も、一般向けとプロ向け、ノート型とデスクトップ型の4つに絞り込みました。同時にAppleは、過熱するコンピューター産業ではなく、新たな挑戦に乗り出しました。それは、意外にも音楽産業でした。
Step 2
コンピューターではなく音楽事業に懸けた一手
Appleが注目したのはMP3の普及でした。音楽をCDではなくコンピューターに保存して聴くトレンドに合わせ、2000年3月、音楽再生・管理ソフトウェア「iTunes」をリリースしたのです。そのためにAppleは音楽プレーヤー専門企業のSoundJamを買収し、開発者たちをAppleの専任組織に迎え入れました。これにより、1年にも満たない期間でiTunesをリリースできました。
次の展開は、自然な流れでMP3プレーヤーへと続きました。Appleはコンピューターを製造していた会社だったため、ここでも東芝製の大容量ハードディスクを活用し、独自OSを持つPortalPlayer社と初期のiPodを共同開発しました。2001年10月に399ドルで発売されたiPodは、6か月後に第2世代製品を投入し、市場に大きな反響を呼び始めました。2002年の1年間に販売したiPodは約34万台に達しました。そのおかげで、コンピューター産業の競争が非常に激しかった2002年にも、Appleは黒字を確保できました。
Step 3
デジタル音楽プラットフォーム構築への最後の一歩
MP3向けソフトウェア(iTunes)を開発し、Apple独自のハードウェア(iPod)もヒットしました。次の一手は、iTunesから直接音楽を購入できる有料音楽ダウンロードサービス、すなわちMusic Storeをつくることです。
当時、レコード会社は個人間の違法な音楽ダウンロードを助長していたNapsterと係争中でした。こうした取り組みにもかかわらずP2P1)事業者は増え続け、レコード産業全体の売上高は約8%減少しました。デジタル転換が必要な時期でしたが、大手レコード会社5社(Sony、Universal、Warner、BMG、EMI)は足並みをそろえられずにいました。例えばSonyはUniversalと「Press Play」というオンラインプロジェクトを共同で進め、残るレコード会社はRealNetworksと「Music Net」を共同設立していました。
1) P2P
Peer to Peerの略で、中央サーバーを介さずクライアントコンピューター同士が直接通信する方式の総称。P2Pプログラムを利用した違法共有が広がり、オフラインコンテンツ、とりわけレコード業界が大きな打撃を受けた。
スティーブ・ジョブズは、違法ダウンロードの泥沼にはまったレコード会社の状況と、50万台を販売したiPodの強みを前面に出して自ら交渉に入り、2003年4月、20万曲をそろえたMusic Storeを開始しました。そして1年で合法音楽ダウンロード市場の70%を占め、サービス開始後1年以内に8,500万曲を販売する成果を上げました。
iTunes、iPod、Music Storeへと続くデジタル音楽プラットフォームの構築は、Appleにとって非常に大きな意味を持ちました。iTunesの登場から4年後、AppleにおけるiPodとMusic Storeの売上構成比は19%に伸びた一方、iMacの売上高は28%減少したからです。Appleがコンピューターという限られた産業だけに固執していたなら、今、私たちが知るスティーブ・ジョブズの神話は存在しなかったかもしれません。市場にはいかなる境界もないと理解し、産業構造の変化を的確に読み取ったからこそ、Appleはコンピューターからデジタル音楽、そしてスマートフォンへと領域を広げることができたのです。
Step 4
すべてを変えたイノベーション、iPhoneの誕生
Appleの次なる挑戦は、イノベーションの最高峰と呼ばれるiPhoneでした。実はAppleは、iPodを音楽プレーヤーよりも大きな携帯電話市場へ導入するための研究を始めていました。そして携帯電話産業が日々拡大していた2005年、Motorolaと協力してiTunesを利用できるROKRフォンを発売しましたが、目立った支持は得られませんでした。
外部との協力による携帯電話開発に失敗すると、AppleはiPodの機能をそのまま搭載した携帯電話を自社開発することにしました。そして2007年1月、スティーブ・ジョブズはサンフランシスコで開かれたMacworldで、「時として、すべてを変えてしまう革新的な製品」であるiPhoneを発表しました。その後の展開は、私たちがよく知るとおりです。iPodは自然に音楽プレーヤーの役割をiPhoneへ譲り、iTunesはメディア領域を拡大し続けた後、2019年にミュージック、ポッドキャスト、TVへ分かれ、現在に至っています。
Appleが最初にiTunesプレーヤーを開発した時点から、最終段階であるMusic Storeまで見据えていたとは思えません。しかし、点と点は後から振り返って初めてつなげられるというスティーブ・ジョブズの言葉のように、MP3の普及と音楽消費の変化に着目したAppleの最初の一歩が、今では自社売上高全体の90%以上を生み出すきっかけとなりました。何事も最初の一歩を踏み出すことが重要であり、長期的な構想と中期的な集中が必要であることを、私たちは覚えておかなければなりません。
文|チョ・ヨンホ The Innovation Lab代表
The Innovation Labを運営し、経営コンサルタント兼イノベーションコーチとして10年以上にわたり、企業イノベーションのワークショップとコーチングを行ってきました。2013年に著書を通じてBig Blurの概念を初めて提唱し、さまざまなプログラムでビジネスモデル・イノベーション、プラットフォーム事業への転換、新成長事業の開発などを支援しています。著書に『プラットフォーム戦争』『あなたが知っていたすべての境界が消える』『ビジネスモデルZEN』などがあります。
